脳と心のエトセトラ

vol.61 食欲の秋に考えてみたい、“甘さ”という味覚の不思議

update:2007.10. 4

前回、味覚がいかに鈍い感覚であるかについてお話しましたが、そのほかにも味覚にはいろんな意味で、“あいまいさ”が存在しています。

実りの秋を迎えるこの季節は、栗やかぼちゃ、さつまいもといった甘い食材が旬。モンブランにマロングラッセ、かぼちゃのプリン、スイートポテトなど、秋ならではのスイーツが楽しみになるものです。
こうした甘みのある食材は、栄養学的に考えると私たちの生命維持に不可欠な存在であることがわかります。

砂糖などの糖分や、栗、かぼちゃ、さつまいもなどに多く含まれる炭水化物は、いずれも「糖質」と呼ばれるもので、体内に入ると生きるためのエネルギー源である「ブドウ糖」となります。このブドウ糖は、脳が活動するうえで必要な唯一のエネルギー源でもあるため、私たち人間にとってはまさに“生命線”ともいえる栄養成分だといえるでしょう。

この“生命線”となる栄養が、「ときには食べたくなるけれど食べたくないときもある」といった気まぐれで十分に補給されないようでは、命の危機にさらされてしまいます。しかし私たちは、“生命線”となる糖質を食べると、口の中に“甘み”という快感を得ることができる。だからこそ私たちは、生きるために大切な糖質を欠かさず摂取できているわけなのです。

ところで、この“甘さ”という感覚は、私たちの脳内で作り上げられている幻想のようなものであって、実際には存在しないのだとか。甘い蜜に集まるハチなども、決して甘さを感じているわけではないのだろうと考えられています。つまり、私たちをとりこにしている“甘さ”という感覚は、人間の脳が命を守るために作り上げたファンタジーだったというわけです。

存在しない甘味を感じて酔いしれる、味覚という感覚。じつに不思議なものですよね。

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