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私たちは、ものを「眼」で見るといいます。しかし「眼」は単純に光と色の3原色(赤・青・緑)という視覚情報を“点の集合”として受け取っているだけ。その視覚情報が、脳内で形や奥行きのある画像へと“抽象化”されることで、視覚として認識されているのだそうです。そのため、ものを見るのは「眼」ではなく「脳」である、という考えが一般的となっています。
しかしここに面白い話があります。画家には“眼”で見た光景を描く画家と、“脳”で見た光景を描く画家とがいる、というのです。
“眼”で見た光景を描く画家の代表はモネだといいます。『睡蓮』に代表されるモネの作品は、通常の視覚では認識できないような細かい色彩の組み合わせで花や葉、水の色などが描かれているのですが、これは脳による“抽象化”というフィルターがかかっていない、“眼”に映った色や光の点の集合がありのままに描かれたものだ、という見解があるのです。もちろん、脳を介することなく眼だけでものを見ることは生理学的に無理であり、“見る”という行為は、脳が“抽象化”した感覚でしかあり得ません。おそらくモネには、あたかも脳による“抽象化”を飛び越し、“眼”に映される純粋な色と光を感じ取れるかのような、強烈な視覚能力が備わっていたのではないでしょうか。
“脳”で見た光景を描く画家の代表は、ピカソだといえるでしょう。ピカソの絵は、何が描かれているのかわからないものが多く、いったいあのビジュアルはどこから発想されているものなのか、不思議に思う人も少なくないはずです。その答えを導く一説に、ピカソは脳内で起こる視覚情報の“抽象化”という現象そのものを描こうとしたのでは、というものがあります。いいかえれば、ピカソは脳内で繰り広げられる視覚情報の加工作業そのものを注視し、キャンバスに描き出したのではないか、という見解なのです。
“眼”で見た光景と、“脳”で見た光景。このふたつの視覚世界を理解したうえで美術鑑賞をしてみると、芸術家特有の視点をより深く理解できるようになるかもしれません。